裁量労働制の改正について

1 はじめに

法律事務所Sのホームページをご覧いただきありがとうございます。弁護士の谷です。

本日は、法改正により2024年4月1日より施行・適用されている裁量労働制をテーマとさせていただきます。

2 裁量労働制とは何か

⑴ 裁量労働制の概要

裁量労働制とは何かというと、業務の性質上その遂行方法を大幅に労働者に委ねる必要があるものについて、実際の労働時間ではなく、労使協定や労使委員会の決議で定めた時間によって労働時間を算定する制度です。

そして、裁量労働制には、①専門業務型裁量労働制(以下「専門型」といいます。)と②企画業務型裁量労働制(以下「企画型」といいます。)の2つの類型があります。

⑵ ①専門型

専門型は、業務の性質上、業務遂行の手段や方法、時間配分等を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある業務として法令等により定められた業務について適用が可能な類型となります(労働基準法38条の3、労働基準法施行規則24条の2の2第2項、対象業務告示)。

⑶ ②企画型

企画型は、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査および分析の業務であって、その業務の性質上これを適切に遂行するにはその遂行方法を大幅に労働者の裁量に委ねる必要がある用務につき適用が認められる類型です(労働基準法38条の4)。

①専門型と異なり、対象となる業務は明確に定められていませんが、対象者の無制限な拡大を防止するため、①専門型よりも厳格な要件や手続が要求されます。

3 裁量労働制の見直しの背景

裁量労働制は、自由な働き方ができる点などで労働者にとってもメリットが多い制度であるともいえますが、2021年に厚生労働省が行った裁量労働制実態調査により、長時間労働が常態化しやすいなどの問題点が明らかになりました。

裁量労働制では、実労働時間が予め定められたみなし労働時間を超えても、残業代が発生するわけではありませんので、企業によっては残業代を減らす目的で裁量労働制を導入するケースがあり、過重労働、長時間労働に陥ってしまうことがありました。

また、一部の企業では営業職や事務職など、裁量労働制の適用が可能な業種ではない従業員にも裁量労働制を適用しようとするケースもありました。

こうした問題点を改善することなどを目的として、この度は裁量労働制の見直されました。以下、①専門型と②企画型に分けて、改正点を解説します。

4 裁量労働制の改正点や必要な手続

⑴ ①専門型の改正点や必要な手続

まず、専門型の大まかな改正点は、㋐対象業務の追加、㋑労使協定事項の追加、㋒記録の保存の明確化となります。

ア ㋐対象業務の追加

専門型の対象業務については、これまで19業務が適用対象とされていましたが、今回の改正により1業務が追加され、20業務となりました。具体的な対象業務は次の通りです(下線部分が追加された業務です。)。

1.新商品、新技術の研究開発の業務

2.情報システムの分析、設計の業務

3.新聞、出版、放送における取材、編集の業務

4.衣服、工業製品、広告等の新たなデザイン考案の業務

5.プロデューサー、ディレクターの業務

6.コピーライターの業務

7.システムコンサルタントの業務

8.インテリアコーディネーターの業務

9.ゲーム用ソフトウェアの創作の業務

10.証券アナリストの業務

11.金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務

12.大学における教授の研究の業務

13.銀行または銀行証券における顧客の合併および買収に関する調査または分析およびこれに基づく合併および買収に関する考案および助言の業務

14.公認会計士の業務

15.弁護士の業務

16.建築士(一級建築士、二級建築士および木造建築士)の業務

17.不動産鑑定士の業務

18.弁理士の業務

19.税理士の業務

20.中小企業診断士の業務

イ ㋑労使協定事項の追加

労使協定事項については、今回の改正により次の事項が追加されまし た。

■労働者本人の同意を得ること

■労働者が同意しなかった場合の不利益取扱いの禁止

■同意の撤回の手続

■各労働者の同意および同意の撤回に関する記録の保存

2024年4月1日以降、①専門型を導入する企業は、これらの事項を労使協定に定めるとともに、協定に定めた内容に沿って制度を運用する必要があります。

なお、労使協定は所管の労働基準監督署への届出が必要となります。

ウ ㋒記録の保存の明確化

改正前の専門型の運用においては、ⅰ労働時間の状況、ⅱ健康・福祉確保措置として講じた措置、ⅲ苦情処理に関する措置として講じた措置について労働者ごとに記録し、3年間保存することを労使協定に定めることとされていました。

改正後の専門型では、上記㋑の改正に伴い、ⅳ労働者の同意および同意の撤回についても労働者ごとに記録し、保存することが必要となりました。

エ 専門型実施に必要な手続

まず、専門型を実施するには、各事業場において、上記㋑㋒の改正点を踏まえた労使協定を締結し、これを所管の労働基準監督署に届け出る必要があります。

また、労働者と使用者との間の労働契約上の権利義務を発生させるために、個別の労働契約や就業規則にも、専門型の規定を設けることが必要といえます。

そして、今回の改正点にもあるとおり、専門型の適用対象となる労働者に対して、労使協定の内容や専門型の概要、同意した場合に適用される賃金、評価制度の内容、同意をしなかった場合の配置や処遇などについて説明をした上で、その労働者から同意を得る必要があります。これについては、記録に残す必要がありますので、説明書を提示して分かりやすく説明し、労働者からの同意についても書面や電磁的記録により取得することになります。

⑵ ②企画型の改正点や必要な手続

次に、企業型の導入や適用についても、今回の改正により㋐同意の撤回に関する手続きの定め、同意の撤回に関する記録の保存等、㋑労使委員会に対する賃金・評価制度の説明、㋒労使委員会の運営に関する見直し、㋓定期報告の頻度の変更といった対応が必要となります。

※ 労使委員会とは、賃金、労働時間その他の労働条件に関する事項を調査審議し、事業主に対し意見を述べ、使用者及びその事業場の労働者を代表する者が構成員となる委員会です。

ア ㋐同意の撤回に関する手続の定め・撤回に関する記録の保存等

改正前においても、企業型の適用にあたって労働者本人の同意を得ること、同意に関する労働者ごとの記録を3年間保存することを労使委員会で決議する必要がありましたが、一度同意した後の撤回については定めがありませんでした。

今回の改正により、労働者本人が同意した後に撤回する場合の手続を定め、撤回に関する記録を3年間保存することについても、労使委員会で決議することが必要となりました。

イ ㋑労使委員会に対する賃金・評価制度の説明

今回の改正により、使用者が労使委員会に対し、企業型の対象労働者に適用される賃金や評価制度について説明することが求められるようになりました。

具体的には、企画型導入時には、対象労働者に適用される賃金や評価制度について労使委員会に事前説明を行い、説明項目等を労使委員会の運営規程に定めるとともに、その定めに沿って使用者が労使委員会に説明することが求められます。

また、制度を変更する場合においても、使用者は、労使委員会に対し、賃金や評価制度の変更内容について説明を行うこととされています。説明のタイミングは、制度変更前に行うことが適当とされています(労働基準法38条の4第1項の規定により同行1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件確保を図るための指針)。

ウ ㋒労使委員会の運営に関する見直し

労使委員会の要件の一つとして、労使委員会の招集、定足数、議事等について運営規程に定める必要がありますが、今回の改正では、労使委員会の運営方法についても見直され、運営規程に記載すべき事項が追加されました。

具体的には、ⅰ制度の趣旨に沿った適正な運用の確保に関する事項(制度の実施状況の把握の頻度や方法など)、ⅱ労使委員会の開催頻度を6ヶ月以内毎に1回とすることを労使委員会の運営規程に定めることが必要となりました。

エ ㋓定期報告の頻度変更

これまで使用者は、企画型の導入後、対象労働者の労働時間の状況、健康・福祉確保措置の実施状況について、制度の決議が行われた日から6ヶ月以内ごとに1回、所轄労働基準監督署長に対して報告することとされていました。

今回の改正後、定期報告の頻度は、決議の有効期間の始期から起算して、初回は6ヶ月以内に1回、その後は1年以内毎に1回となりました。

また、改正後の定期報告事項には、「労働者の同意」や「同意の撤回の実施状況」も追加されました。

オ 企業型実施に必要な手続

企業型の実施に当たっては、上記㋑㋒の事項を運営規程に追加し、その上で労使委員会の決議に㋐㋑の事項を追加し、所轄労働基準監督署長に決議届の届出を行う必要があります。

そして、専門型と同様、個別労働契約や就業規則の整備、対象労働者の同意を得ることも必要となります。

企画型導入後も、㋑~㋒の点を踏まえて、労使委員会を運営し、㋓のとおり使用者は所轄労働基準監督署に定期報告を行うこととなります。

5 さいごに

既に裁量労働制を実施していたり、これから裁量労働制を導入したいと考えているものの、必要な手続などについて疑問や気になることがありましたら、お気軽に弊所までお問い合わせください。

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2024-04-10 | 労働問題